大判例

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東京地方裁判所 昭和36年(行)116号 判決 1969年8月06日

原告

木村幹雄

外一二名

代理人

佐伯静治

外一〇名

被告

東京都荒川区

右代表者

村上勇三郎

代理人

三谷清

外四名

主文

被告は原告らに対し別紙債権目録記載の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告らがいずれも東京都の公立学校の教職員として東京都荒川区立日暮里中学校に勤務し、市町村立学校職員給与負担法第一条で規定する給与の支払をうけていること、昭和三五年四月一日から翌三六年三月末日までの間に原告らが支払をうけた各自の給与額が別紙時間外勤務手当明細表の本俸並びに暫定手当の項に記載のとおりであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二原告ら教職員にも適用される労働基準法が、使用者に対し同法の定める労働時間の制限をこえて労働者を働かせた場合は当該労働者に所定の時間外割増賃金を支払うべきことを定め、更に地方公務員法、教育公務員特例法、学校職員の給与に関する条例(東京都条例第六八号)によつて地方公務員である原告ら教員の時間外勤務手当請求権が具体化されていると解されることから(当庁昭和三六年行第一一一号時間外勤務手当同附加金請求事件判決参照)原告らはいずれも時間外手当請求権を有するというべきところ、原告らの一日の勤務時間が原告らの主張どおりであることは当事者間に争いがない。

そして<証拠>によると、原告らはその主張の日(別表年月日の項記載のとおり)に同校で開かれた職員会議に出席し、このためその主張の時間(職員会議の終了時間の項記載のとおり)まで学校に居残つたことが認められる。

三そこで職員会議の性質であるが、これについては法律上の性格づけが全くされていないことから、必ずしも明瞭ではないけれども、<証拠>によれば次のような事実が認められる。

東京都荒川区立日暮里中学校においては昭和三二年六月一一日開校以来職員会議が開催されてきたが、この会議は校長が招集し、他の用務等のため差支えのあるものを除いてその余の職員すべてが出席の上、教頭の司会のもとに(昭和三五年四月一日から昭和三六年三月三一日迄の間は教頭村上一夫)主として、(1)都、区教育委員会からの指示連絡事項の伝達、(2)校長からの指示連絡事項の伝達、(3)学校運営上の諸問題についての学校長の諮問事項の討議が行われ、ときには必要に応じ賛否の決を採ることもあつた。そしてこの会議の経過は職員会議録として記録担当の教員(当時は徳丸教諭)によつて記録されてきた。

職員会議は普通放課後の午後三時三〇分頃からはじめられ、通常はその予定時間を一応一時間としていたが、議論がなかなかまとまらなかつたり、或いは枝葉にわたつたりすることが屡々で、このため数職員の下校時間として扱われていた午後四時二〇分(この点は後記認定のとおり)をすぎても終了しないことも多く、かような場合校長から適当なところで止めたらどうかとの趣旨の発言のあつたこともあつたが、特に会議の中止を命じたことはなかつた。従つて職員会議が校長の明示の意思に反して続行されたというほどのものではなかつた。

又、同校の学校運営の面で、校長がこの会議で出された意見や結論に拘束されるということはなかつたけれども、校長も学校運営を円滑にするために、これらの意見や結論を尊重し学校運営にあたつてきた。

以上の事実が認められる。<証拠判断省略>

これらの事実関係からすると、日暮里中学校において行われている職員会議は終局的には校長の掌握のもとに開かれており、その機能の点からみると、同校の運営ひいては生徒に対する教育を円滑かつ効果的に進めるために校務を掌理する学校長を補佐し、或いはこれに協力するためのもので、現実には学校運営のための重要な機関としての作用を有しているものとみるのが相当であり、又学校長も職員会議の有するこのような機能を重視して教員に出席を促し、自らもこれに出席して各教員の意見を聞き、これらの会議の結果を一助として学校の運営をはかつていたものと認められる。従つて教員がこの職員会議に出席しなくては自己の職務の遂行上支障を生ずるのであるから、職員会議に参画することは教員の職務の一部に属するものというべく、その意味から同会議が法規にもとづいて設置されたものではなく、更には校長が会議の都度明示の命令をもつて各教員を出席させたのではなくても、少くともその出席は黙示の命令にもとづくものとみるのが相当である。

従つて原告らの職員会議への出席は任意自発的なものであるとは認め難く、校長が原告らに職員会議への出席を命じたことはないとの被告の主張は採用できない。

以上のとおりとすれば、所定の勤務時間終了後職員会議のために居残つた時間数は先に認定したとおりであるが、この時間の勤務については時間外勤務手当の対象となると結論せざるをえない。

四次に被告の権利濫用、信義則違反の抗弁について検討する。

(一)  被告はその第一の理由として、教員の勤務はその性質上一律に勤務時間をもつて規制し難い面があることから、原告らも勤務時間外にわたつて勤務することがある反面、勤務時間内でも早目に帰宅することもあると主張する。

教員の職務内容が単に学校内における授業だけに止まらず、時間外における生徒の個別的な学習指導、文化体育指導、PTA活動、更には校外における生徒の生活指導、家庭訪問、遠足、修学旅行、見学の際の付添等極めて多岐であり、加えてこれらの職務のうち授業時間外のもの、なかんづく校外で行われるものは一定の時間的拘束のもとでは必らずしも充分な効果を期待しえず、一律に勤務時間で規制し難い性質をもつものであることは社会一般で広く認識されているところである。

この点に関し<証拠>によれば、東京都教育委員会では公立小中学校の勤務時間を一週四四時間とし、そのふりわけを各学校長に委任していることから日暮里中学校では午前八時三〇分に始業し午後四時二〇分以後(但し土曜日は午後一時二〇分)の下校は自由とされていたが、生徒の春季・夏季・年末年始の各休暇の際には右期間中の学校行事や生徒の指導のために出動する場合を除いて大部分は家庭研修の名目で出勤していないほか、格別の用務のないときは右退庁時間前に下校することもままみられた反面、昼の休憩時間は職務のために休憩することは困難な情況であり、更に展覧会や運動会の準備その他の諸活動のため右退庁時間以後も勤務することが少くなかつたことが認められる。

ところで教員が一日について八時間を超える時間外勤務をしても、所定の割増賃金の支払を受けないことは、結局のところ労働基準法違反の事態なのであるから同法第一条、第一〇四条、第一一九条の趣旨からみて、原告らがその是正を求めるため時間外勤務手当を請求することは、たとえこれまでの教員の下校(退庁)が所定の勤校時間終了時刻より早い場合もあるとか、夏季その他の長期休暇の際に必ずしも家庭での研修が行われていないとかの事実があつても、原告らの右の権利行使が社会的に不相当であつて権利の与えられた目的を逸脱し濫用であるということはできない。蓋し被告の挙げた教員の右の如き勤務の実態が生じたのは労働基準法施行後教員が屡々勤務時間を超えて勤務しながら時間外勤務手当を支給されていない事態が長く続いていたという現実が一因をなしていることは推認するに難くなく、又教育委員会がこのような状態をこれまで放置してきたのも同様の理由にもとづくものと考えられるからであり、又教員にも同法第三二条、第三七条の適用がある以上、その時間外勤務には所定の手当を支給した上勤務の励行について改善すべき余地があれば、それを行うのが本則であつて、右手当を支給することなく、この不支給を一因として生じた教員の前記の如き勤務の状況を捉えて時間外勤務手当の請求は信義誠実の原則に反し権利の濫用であるとすることはできないからである。

(二)  又、被告は教員に対しては時間外勤務手当を支給しないみかえりに調整号俸を付して一般行政職員よりも初任給で優遇していると主張する。<証拠>によると、たしかに教員に対しては昭和二三年以来初任給を二号俸高くその優遇措置が構じられていること、昭和三五年四月当時の教員の初任給はこの措置によつて一般行政職員より一、八一〇円高くなつていること、しかし、その後の昇給の過程では逆に行政職員の昇給率が高いために教員の方では昇給期間を短縮することにより辛うじてこの優遇措置を維持しているものの、一時的には行政職の方が高い時期のあること、以上の事実が認められることからすると、実際には時間外勤務手当を支給しないことのみかえりとしての意味は非常に少いとも考えられる。

そしてこの優遇措置が右のように優遇の意味を充分には保つていないにも拘らず、その後これが是正されておらず、且つ被告の主張するような優遇措置の趣旨が法令上明確にされていないことからすると、この調整号俸の点から本訴請求を排斥するのは相当でない。

(三)  被告はまた教員においては労働基準法上の時間外勤務手当の支給を期待するということは全く考えておらず、これは長期間にわたる平穏且つ公然の事実としていわば慣行として又制度として確立されてきたと主張する。

たしかに<証拠>によると、昭和三〇年一〇月から昭和三六年三月までの間東京都教育委員会人事部職員課長を勤めた辻田正巳の在勤中に、東京都教育委員会に対し教員の職員団体から正式に時間外勤務手当の請求が行われたことはなく、僅かに教員との間で雑談としてそのような話が交された程度にすぎないことが認められる。しかし、この一事からして被告の主張するような事実をそのまま肯認することはできず、他にそのような事情の存在を窺わせるに足りる証拠はなく、却つて前記辻田正巳の在勤した前後において東京都下に在勤する教員並びにそれ以外の教員から時間外勤務手当の支払を求める訴訟が東京その他の地方裁判所に提起されたことは公知の事実であるからすると、被告の主張はにわかに首肯し難いところである。しかし、仮にそのような慣行があつたとしてもこれが労働基準法第三七条の趣旨に反することはこれ迄の説明から明らかである以上、このような慣行は公の秩序に反するものとして法律上の効果をもたせることはできない。

(四)  荒川区立日暮里中学校における職員会議の状況については先に認定したとおりである。そしてそこでも認定したように会議は教頭の司会により行われたが、議事の進行については司会者の主宰するところである以上、司会者が会議の終了時刻につき議事の内容の他に出席している教員らの諸般の都合も考慮したであろうことは推認するに難くなく、又会議の内容を同校の職員会議録(甲第一号証の一ないし一二、乙第一号証の一ないし九)により検討すると。時間外にわたつて会議を続行した場合における議題のすべてが緊急のものばかりであつたとすることについては問題がないわけではない。

しかし、前認定のとおり職員会議は学校長の諮問機関としての機能を有するものであるから、校長又はその代理である教頭らが同会議に出席して会議の続行を容認している以上、学校長らも右会議の時間外までの続行は、その時の状況に応じて学校運営のために必要であると判断して行つたと認めるのが筋合であり、従つて時間外勤務となつた職員会議は詮ずるところ学校長の命令にもとづくものと認めるのが相当であつて、これらの会議の時間外までの続行が出席した教員の都合のみにもとづくものであつたとか、佼長の命令を無視して続行されたものと認めることのできる証拠はない。

(五)  最後に原告ら及び原告らによつて結成されている職員団体からそのような要求が正式に出されたことのないことは被告主張のとおりで先に認定したところであるが、原告らが時間外勤務をした際にそれに対する特別手当の支給を期待せず、或いはそのような認識がなかつたと仮定しても、その最大の理由は労働基準法制定後現在に至る迄被告その他の支払義務者において時間外勤務手当を全く支給しようとせず、その予算措置を講じていない事実状態に由来するものであろう。

しからばこの事実も被告の主張を裏付ける絶対の理由にはなりえない。

以上被告の主張するところに従つて検討を加えた結果、被告の主張する事実のうちの一部については認められなくもないが、それらの事実のみからは原告らの請求が権利の濫用ないしは信義誠実の原則に違反するものとは到底いえないところである。

五(一) そこで原告らに支給すべき時間外勤務手当の額を計算するに、原告らが時間外勤務をした時間については先に認定したように原告らの主張するとおりであるところ、時間外勤務手当額算出の計算方式が東京都職員超過勤務手当、休日給及び夜勤手当支給規程(昭和二四年三月東京都訓令甲第五二号)によるべきものであることは当事者間に争いがない。そこでこの計算方式に則り原告らの時間外勤務手当額を算出すると、その額は原告らの請求する別紙債権目録記載どおりの金額となる。とすれば被告は原告らに対し右金員の支払義務がある。

(二) 次に原告らは右時間外勤務手当と同額の附加金及び右両者に対する訴状送達の翌日からの遅延損害金の支払を求めているのでこの点を検討する。

原告らが時間外勤務手当を受け得る根拠になる前記東京都条例第六八号、教育公務員特例法施行令、一般職の給与に関する法律の時間外勤務手当に関する規定は労働基準法第三七条よりは労働者にとつて有利な内容となつているところ、原告らは労働基準法第三七条の定める限度でさえ時間外勤務手当の支給を受けなかつたとして、同法の限度で右手当の請求をしているのである。そして地方公務員法第五八条は地方公務員に対し労働基準法第一一四条の適用があることを明示しているので原告らの附加金請求は許されるものと考えられる。

次に附加金は裁判所がその支払を命ずることによつてはじめて発生するものではなく、労働者は労働契約から生ずる請求権の一つとして附加金の請求権を有するものというべきところ、同法第一一四条の立法趣旨は、割増賃金等の不払があつて、労働者がその支払を求めるため訴訟を提起せざるをえなくなつた場合、使用者に対してこれと同額の民事罰を課することによつて、使用者にこれらの支払債務を訴訟提起前に履行させ、併せてこれらの支払の遅滞をこうむつた労働者の保護をも図ることにあるとするのが最も合理的であると考えられるから、附加金の請求においては訴訟提起による請求のとき(具体的には訴状送達の日の翌日)から遅滞におちいると解するのが相当である。

とすれば被告に対する本件訴状送達の日の翌日が昭和三六年一一月六日であることは記録上明らかであるから、被告は原告らに対し原告らの求める附加金とこれに対する前同日以降民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務である。

六以上判断したとおり原告らの請求は全部理由があるからこれを正当として認容することとし、仮執行の宣言は適当でないからこれを付さないこととした上、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(大塚正夫 宮本増 大前和俊)

債権目録<省略>

時間外勤務手当明細表<省略>

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